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「わたしを強くして下さるかたによって、何事でもすることができる」
                    (ピリピ人への手紙第4章13節)

春を満喫しよう 

  •  漢字の「春」の元になった象形文字は、「日」が差して、「屯(根が張っていた場所)」の上に「艸(草)」が生じる様子を表しています。
     よく立春を過ぎると、「『立春』で、暦の上では『春』ですが、まだ寒い」などと言っているのを聞きますが、実は、「春」の漢字の意味から言うと、「立春」とは、「春になった」ではなく、「春の準備ができました。これから芽吹きの季節になりますよ」と解釈すべき節季なのです。
     「春」は冬の寒さから解放されるからか、よい意味で用いられる言葉が多いように思います。また卒業式や入学式のイベントも控えていますので、ドキドキ、ワクワク、期待と不安が入り交じる時期でもあります。

     今はヨボヨボに近い私も、ピカピカの一年生だった時があります。1年2組の教室で出迎えてくれた担任は三縄彦四郎というおじいちゃん先生でした。あとで知ったのですが、私たちと過ごす一年が教員生活最後の年だったのです。おそらく、先生も感慨深いものがあったに違いありません。
     その三縄先生と最初に歌ったのは「春の小川」でした。先生がひく足踏みオルガンに合わせ、一生懸命に歌いました。ですから、この歌を聴くと、いつもその時のことをなつかしく思い出します。

     「あの頃はよかったなあ」。そう思う方も多いでしょう。でも、考えてみてください。その言葉に隠されている意味は何でしょうか。
     それは、「今の自分」と比べ、何か「よくない」もの、たとえば少なくとも不満や失望があるという証拠かも知れません。
     どんな人でも、新しいステージに向かう時、期待や希望に満ちています。しかし、何日かたつうちに、自分が思い描いていたものとは違うと感じていくのです。当たり前です。それぞれの組織の生き方があり、またその中に生まれも考え方も違う様々な人がいるのですから、自分が考えているように都合良くことが運ぶわけがありません。そして、早晩、挫折を味わうのです。
     
     新約聖書に登場する伝道者パウロは、「わたしは、どんな境遇にあっても、足ることを学んだ。わたしは貧に処する道を知っており、富におる道も知っている。わたしは、飽くことにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、ありとあらゆる境遇に処する秘けつを心得ている」(ピリピ人への手紙4:11~12)と言いました。彼の生涯は順調ではありませんでした。むしろ過酷な環境に生きた人です。ところが、そこを逃げ出さず、根を張り、花を咲かせていきました。
     彼が言う「秘訣」とは一体なんでしょうか。「わたしを強くして下さるかたによって、何事でもすることができる」(同書4:13)です。「わたしを強くしてくださる神」がパウロにあふれるばかりの陽光ならぬ力を与えていてくださったのです。
     今年もピカピカの一年生が生まれます。
     神の力を受けて根を張り、芽吹き、花を咲かせる「春」を満喫しましょう。