ようこそ

「キリストと共に生きる」
                    (ローマの信徒への手紙第6章8節)

メメント・モリ 

  •  「メメント・モリ(memento mori・死を思え)」。この言葉が人々に重くのしかかったのは、「黒死病(ペスト)」がパンデミックを起こした1300年代後半でした。
     人々に「死」を身近に感じさせた時代だと言ってよいでしょう。死の恐怖から逃れるために、自らの肉体に傷をつけたり、また怪しげな薬を飲んだり、挙げ句の果てには汚水に飛び込む者も現れました。迫り来る死の恐怖にだれも太刀打ちできなかったのです。
     その後も、ペストは17世紀頃から18世紀頃まで何度か流行しています。そのたびに人々はふるえ、おののき、逃げまどっていたのでしょうか。1篇の詩を紹介しましょう。

     私のたましいよ、聞け、思い出せ  すばらしい知らせを
     主は死に勝ってよみがえられたのだ
     その勝利の旗を高く掲げ  私たちをその旗のもとに まねいておられるではないか
                                    (新聖歌125)

     ドイツ、ルター派の牧師であったパウル・ゲルハルトはペストとの戦いの中、主の十字架と復活の福音に堅くたって、人々の魂を御言葉によって、また賛美歌によって奮い立たせました。
     
     私たちは今、世界規模で拡大している新型コロナウイルスとの戦いの中にあります。
     ある者たちは他のものを顧みず、現実逃避してライブハウス、バーやスナックをまわり、パチンコ店に列をなして、快楽に身を委ねています。
     ある者たちは死の恐怖におびえ、一歩も出ることができません。
     感染者は白い目で見られながら、またその激しい痛みを伴う中懸命に生きようとしてあえいでいるのです。

     これが「死」を身近に感じた時の人間の本性です。これが人間の罪の姿なのです。
     もし、このような状況にとどまるならば、私たちは「肉体の死」を迎える前に、「心」が滅びを迎えてしまいます。
     「メメント・モリ」。この言葉をキリスト教的に受けとめるならば、その次に来る言葉が力強く加えられます。「死を思え そして主イエスがその死に勝利したことを思い出せ」。

     主イエスを信じる者は、キリストが死に勝ってよみがえった、その力をもって、死に勝つことができます。「死なない」ということではありません。「死の恐怖に打ち勝てる」のです。そのことによって、うろたえることなく、破滅的な生き方をするでもなく、また死に臨んでも動揺することなく、今を生きることができるようにされるのです。
     イースター(復活日)はその勝利を覚える日です。あなたも、死の力から解放された毎日をお送りください。

    「私たちは、キリストと共に死んだのなら、キリストと共に生きることにもなると信じます。そして、死者の中から復活させられたキリストはもはや死ぬことがない、と知っています。死は、もはやキリストを支配しません」(ローマの信徒への手紙6:8~9)

     あなたに、そして全世界の方々に主のいやしと平安がありますように