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「からだを殺しても、そのあとでそれ以上何もできない者どもを恐れるな。
 権威ある方を恐れなさい」       (ルカによる福音書第12章4~5節)

ふるやのもり

  •  雨の季節となりました。
     私が子どもの頃住んでいた家は、よく雨もりがしました。「ポタッ ポタッ」と落ち始めると、鍋ややかんを持ってきて、雨を受けられるように置きますから、にぎやかな音がしていたものです。

     あなたは「ふるやのもり」という昔話を知っておられるでしょうか。
     昔、山里の古くて粗末な一軒の家に、おじいさんとおばあさん、そして小さな孫が住んでおり、またその家にはふつりあいのようなりっぱな馬が飼われていました。
     さて、この馬を、自分は日本一の泥棒だと思っている男と、森に住むオオカミがねらっていました。
     両者は雨の日を選んでその家に忍び込み、泥棒は天井裏で、オオカミは土間で夜の更けるのを待ちます。
     その夜、寝際に孫が聞きました。
     「この世で一番怖いものは何?」
     「人間の中じゃ、泥棒が一番だろう」とおばあさんが答えました。これを聞いた泥棒は大喜び。
     「じゃあ動物の中では?」
     「うーん。オオカミじゃろう」。今度はオオカミがにんまり。
     続けて孫が聞きました。
     「泥棒やオオカミより怖いものがある?」
     「そりゃ一番怖いのは、ふるやのもりじゃ。はようねんと、今夜あたり来るかもしれん」。
     びっくりしたのは泥棒とオオカミです。自分たちより恐れられているものがいるというのです。
     ご存知のように、ふるやのもりとは、古い家の雨もりのことですが、両者はふるやのもりが何であるかわからないまま、結局恐れが頂点に達したころ、雨が激しくなって、雨もりが始まるのです。
     おじいさんが「そら、ふるやのもりじゃ」と叫んだ途端、驚いた泥棒は土間にいたオオカミの上に落ち、オオカミは「ふるやのもり」に捕まえられたと思って逃げだし、泥棒は疾風のごとく走り出した毛むくじゃらのけものが「ふるやのもり」だと思ってそのまま逃げてしまうのです。

     ある研究者に聞いた話ですが、目隠しをさせ、「熱いぞ」といいながら氷に触れさせると、熱いと感じるだけではなく、やけどすらできることもあるといいます。
    「からだを殺しても、そのあとでそれ以上何もできない者どもを恐れるな 権威ある方を恐れなさい」(ルカによる福音書第12章4~5節)とあります。
     あなたは実態がわからないことで恐怖心がつのり、恐れなくてもいいものを恐れてはいないでしょうか。
     本当に恐れるべきものは、この世のすべての権威を持っておられる神です。神を無視し、あなどっているから恐れる必要のないものを恐れるのだと聖書は言っています。

     ある経営コンサルタントの方が言っていました。「最近は、自分がよければ何をしても良いという風潮が強まっている。私はクリスチャンではないが、神を意識し、畏敬の念を持ち、謙虚に生活すべきだと感じる」。

     恐れるべきものが違っています。
     神の権威を認め、信じ、人間がその下にあって従っていこうとするならば、この世のすべての動き、物事の仕組みは解明され、自己中心ゆえに生じている悩みから解放されるに違いありません。